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ピアニスト水上裕子 エッセイ

住宅建築新聞 2月号 ワクワク旅日記「世界の衣食住」

ピアニストHirokoのワクワク旅日記

~世界の衣・食・住~

私がオーストラリアに住んでいた頃、”日本でバブルがはじけた”というニュースが
流れていた。バブルが何なのかもよくわからなかったけれども、とにかくきらびやかな
贅沢な暮らしを享受できた時代だったらしい。バブルと言っていたその時期、日本の
大学から先生方が世界の生活調査と称してオーストラリアに来られていた。
その先生方の一言を今でも覚えている。「オーストラリアの生活水準は非常に高く
バブル期にあって、日本の「中の上」の生活はオーストラリアの「中の下」だ」
と言われたことだ。

なるほど・・・。どんな貧しい一人暮らしの学生のアパートでもひねればお湯が出るし、
実際、私が住んでいた家も家賃、日本円にして4万5千円程度。高級住宅地で
3ベッドルームに美しいパティオまであった。
物価は安く、税金は高かったけれど、それは高額所得者の問題であって、
私の様な低所得者アーティストは、様々な面で優遇されていた。
もっと収入が低くければ電車やコンサート、八百屋や肉屋での割り引きまであった。

ではそんなオーストラリアの「上」の家はどんなかというと、ユダヤ人富豪の家で
ご主人の誕生日パーティーで演奏してほしいと依頼された時のこと。
ドアを開けて思わず言葉が出た。「えっ!これって家?」
その声が「えっ!これって家?」「えっ?これって家?」・・・・・・と反響するのだ。
天井は吸い込まれそうに高く、遥か向こうからご主人様が歩いてやって来た。
玄関ホールだけで音響の良いコンサートホールが作れそうな、
日本では決してお目にかかれない様な豪邸だった。

しかしオーストラリアの本当の面白さは豪邸ではなく、外国人が移住し始めて
間もないという歴史の浅さにある。なぜなら、外国からの移民はまだ自分の国を
ひきずってここで生活している。それがエキサイティングなのだ。
ロシア人の家に行くと、南半球に住んでいるにも関わらず、
壁に分厚い絨毯がかけられてあった。韓国人の友人の家からは
キムチのいい匂いがしてくるし、ドイツ人の友人の家は重厚でシンプル。
つまり、オーストラリアに行くと世界中の住宅、生活の香りが半径10KMにして
味わえるのだ。
では日本人はどんなライフスタイルだったかって?
私の友人を例に上げると、リビングにこたつを置き、そのこたつの上にみかん。
その隣に湯呑み、そして注文できるはずもない生協のカタログが置いてあった。