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ピアニスト水上裕子 エッセイ

瀋陽日記①

いよいよ瀋陽に向け出発する日がやって来た。

空港には、「天空的彼岸」のモデルである、中国空軍の元教官の内田さん、聖教新聞社支社長の佐藤さん、そして沙羅がバレエを習ってた大好きなお姉さん、ミネちゃんのお母様が来てくださった。

私たちが手荷物検査に入っても、背伸びして見守っていてくださる。私が留学するわけではないし、1週間後に私はここに戻ってくるのだけれど何故だか涙が溢れてくる。(皆さん頑張って来ます!)・・・だから・・・・・・
私の留学じゃないってば!・・・自分に言い聞かせる。

飛行機が離陸したとたん、娘が大声で泣き出した。「行きたくないよ、ママ! 本当はバレエなんか大してすきじゃなかったのになんでこんなことになるのぉ!」

可哀想だが仕方がない。ここまで来て後戻りするわけには行かない。私もそうして人生を歩んできた。決断して、引き下がれないから頑張る、その繰り返しだった。

飛行機の中でミネちゃんのお母様からの手紙を読み、また号泣。いくら泣いても、もう飛行機は雲の上だ。

次女のアンナと機内食を交換しながら、パクついてるのを彼女が横目で見ながら、一言つぶやく。・・・「クソばばあ」

何とかカンとか言いながら、瀋陽に到着。新しい生活が始まると思うと、身がひきしまる・・・・・(私の留学じゃないでしょってば!
私が身を引き締めることはないの。ひきしめなければいけないのはこのバカ娘じゃないの!)

自問自答しながら外に出る。魯迅美術学院の常先生と通訳のホウさんが出迎えに来てくださっていた。1度もお会いしたことのない方なのに内田さんの知り合いだからというだけで、お忙しい中、空港まで来てくださりお食事に招いてくださった。
常先生の学校を訪問した後、バレエ学校の近くのホテルへ。だんだん、入学の日が近づいてきた。
                                                続く・・・    Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

日本人であることの自覚

「海外生活をおくられた中で、”自分は日本人だ”と自覚されることがよくありましたか?」
と、いう質問を講演会の中でされることが良くある。

「そうですね・・・・私の場合、食べるものにも国境がないし(何でもよく食べるということ)仕事が趣味みたいなものだから、温泉つかってのんびりしたいと思うこともないし、食生活や人間関係で、私って日本人だなあと意識することは全くありませんでしたね。ただ、ルーマニアにいた時、子どもに英語で話しかけていて、日本語使うのは独りごとを言う時だけ。そのうち、ひとりごとも英語になってしまい・・・
1年後、キレました。」

そうなのです。”言葉”  これをとりあげられたときの苦しさは喩えようがない。
日本語に餓える・・・そんな状態だった。英語にもルーマニア語にもない繊細なニュアンス、はっきりと語らずも心を伝える空気感。
この言語なしには生きていけない。まさしく私は日本人と自覚したのでした。

そして、先日、また日本人であることを深く自覚する出来事が・・・・。

東京で、打ち合わせのために、ナターシャ・グジーさんとお会いしたのだ。

何と!彼女の顔は私の3分の1しかなかった !
しかも170cmはこえるだろう長身、その上ブロンドの美しい髪はキュっと結い上げられていてますますお顔の小ささが際立っていらっしゃる。

あまりの美しさに「舞台にどうやって並ぶの?遠近法で、私、後ろに立たなくちゃ」

これまた素敵な彼女のダンナさまが「あははは」と明るく笑ってらっしゃる。

だれでもいいから「いえいえ、大丈夫ですよ」って言ってくれないの~?

「ではHirokoさん小顔メイクでも施して・・・」とハッパをかける友人もいるがメイクの問題ではな~い!

”血”の問題なのです。


ナターシャさんはルックスの美しさもさることながら、素晴らしい歌声、そしてメッセージを届けに福岡に来られます。

まずは、6月26日 宗像ユリックス お楽しみに!!

日本テレビ「泣ける歌」 スペシャル  3月31日に出演されます。


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

ホタル

次女の劇団の公演が3月に決定した。

昨年、頂いた役は”セミ”

次女は顔がハリーポッターのハマヨニーに似ていると言われるようになってから

女優をめざすようになった。(その気になりやすいタイプでなのだ)

たくさんのお友達に「私の公演、見に来てね」と、お誘いするも

「でも、セミでしょ・・・」

軽くあしらわれた。しかし、公演終了後は、しっかりと”セミ”を演じきったと、本人の中で達成感はあったようだ。

彼女の今年の願いは、”人間”の役をもらえることだった。

先生から発表があるまで毎日、お仏壇の前に座り何やらご祈念をして神妙に過ごしていた。

「人間の役がもらえたら、本当に一生懸命がんばりますって、誓ってたの。ママも祈っててね、お願い!」

こう真剣に言われると、私も緊張してドキドキしてくる。


とうとうその日がやってきた。ピッポピッポピ~・・・娘からの電話だ!

「どうだった!?」

「ママ~」(泣いている・・・)

「どうしたの?また虫?」

今度はホタルの役だった。しかも、昨年のセミには、「セミしぐれ」という名前があったが、今回は、ひとほたる、ふたほたる、みほたる、と数字がのっかてるだけだそうな。

「どんな役でも、心をこめて、その役になりきるの。それが演劇ってものよ。
そのうち本当の努力ができるようになったら来年は必ず、”人間”になれるから。」

「違う!もう人間はいいの!私は今年、カマキリがやりたかったのよ!」


こんなに幼いんじゃ、来年もきっと虫か、小動物くらいだろう・・・。(END)


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

ニオイ対決

亡くなった母は、冬、私がよく作ったルーマニアのスープの匂いが大嫌いだった。

わざとらしく、「うぇ~!私、今日いらない。家で食べない。お隣に行って食べてくる!」

と言って、出て行くのだった。言っておくが、お隣はレストランではない。

母はお隣のおばちゃんの作る甘辛い煮物が大好き。

私の料理が気に入らない時は、マイ箸を持ってお隣りでご飯を食べてくるのだった。

(なぜか、この遺伝子は隔世で娘たちに受け継がれ、彼らも同じ行動をとる。嫌いなおかずの時はおばちゃ~ん、と呼びながらお隣へ走る。)

しかし、この母の行動に夫は黙っちゃいなかった。

彼にもプライドがあり、祖国愛がある。

「お母さん、このスープ、オイシイデス。タベテミテクダサイ。」

「ノー、ノー!いらないったら、いらない」大げさに顔をしかめて、嫌いなことをアピールする母。

こう書くと一方的に、夫が可哀想で、母がいじわるばあさんみたいだが、どっちもどっちなのだ。

母は大根の煮物が大好きで、この季節には「毎日でも大根が食べたい!」と、よく作った。

しかし、大根がおしょう油でグツグツ炊かれると、夫は

「もう耐えられない・・・死にそうだ・・・何でこんなもの人間が食べられるんだ」

と言って部屋から一歩も出てこない。しかし、大根の匂いは以外に強烈で、瞬く間に彼の部屋に充満する。

こらえきれず、毒ガスにやられたように部屋からふらふら出てきた彼は、楽しく食事をしている私と母の前で

「キモチワルイ!」と、悪態をついて外に出ていくのだった。

冬の間、何度同じことが繰り返されたことか。似たもの同士のいやがらせだが、軍パイは・・・・

その強烈な匂いで部屋中を制覇した、日本の大根!!!


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

禁断の衣装

ずっと1度は着てみたいと憧れた衣装があった。

絶対、人には言えないと思って口に出せずにいたが、とうとうこの間、誰もいないのを見計らって袖をとおした。

っていうか、足をとおした。1回着てみると、何てことはなくなり、今では皆に吹聴している。

それはなにを隠そう、クラシックバレエのチュチュだ!

娘が学校に行ったあと、チュチュを陰干ししながら、鏡の前でちょっと合わせてみたのだ。

白いレースの可愛らしいのと、赤と黒のカルメン風。

悪魔のささやきが聴こえた。

「挑戦するなら今よ!子どもたちが学校から帰ってきたら、軽蔑されるし、来客があったら変態と思われるんだから」

「う~ん、でも・・・。そうだよ変態だよ、やっぱりやめとく」

「意気地なし!バレエ、憧れてたんでしょう?生まれ変わるまで待つの?ほら、このチュチュを着てみてクルッと回ってごらん!」

「わかった。」

素直な私は悪魔のささやきに素直に従う。白の可愛いやつだ。

何と!!何と!!

「うっ!!これは、娘より似合ってる!トゥシューズをはくと足もけっこう長いじゃん」


うれしさのあまり、このセリフをそのまま娘たちに言った。

「ゲーっ、そんな親、どこにもいないよ!恥ずかしいからやめてよ!もうそんなママいらない!」

彼女らの反応で一瞬、現実に戻ったが、味をしめた私は今度は友人のミチヨちゃんの前で赤と黒のカルメン風を披露したのでした。


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

「歯」の後は「爪」かいな・・・と、言われそうですが・・・・

コンサート終了後、一番多く皆様に聞かれるのが、

「本当は何歳ですか?」と、いうのと「一体、どんな手で弾いているんですか?」

この2種類だ。

年齢は明かさないけど、手は言われるままにお見せする。

「え~っ!こんなに小さな手で弾いてたんですかあ~!」と、驚かれるが

(まあ手は大きいとは言えないけど)小さいのは爪だ。

ピアニストの爪は短くきりそろえて・・・というより、超ふかづめなのだ。

幼い頃からずっとふかづめなので、私の場合、爪は成長せず小学生のようだ。

マニキュアというものも、1度だけ塗ったことがあるが、重くて自由に息ができない感じがした。

それ以来塗ったことがない。

それなのに・・・!

娘は幼稚園の頃からマニキュアが大好きで、コレクションした色とりどりの瓶を机に並べてボーっとしてまったく勉強しないので、学校行ってる間に捨てた。

捨てても、また集め始め、何と、中学生になってからは実践し出したのだ。

ふつうの塗り方ではない。どこで買い揃えたのかプロが使うような道具をとりだし、デザインしたりデコったり

まるでエビちゃんのよう。しかし、セーラー服にはちっとも似合ってなーい!

時にはピンクのキラキラ、時には黒とゴールドのラメラメ。リボンをつけたり、ストーンをほどこしたり。

皮肉をこめて、”ちーママ”と呼ぶが意に介さず、担任に相談してこっぴどく叱ってもらうも

「これだけは譲れない」とわけのわからないことを言う。

「あなたに比べて、ママの爪の何て清純で可愛らしいこと!」と言ったら

「その年で自分のこと清純なんてよくいうよ。ママ知らないの?いっつも神経質にパチパチ切ってるけど爪きりは爪の老化の原因なのよ」

(え~!老化・・・その言葉、怖い~・・・)

「よく見てよ、ママの爪、ひんぱんに切りすぎて、たてに割れてるのよ」

ひぇ~!爪だけは、何も塗らないから老化してないと信じてたのに~!

その夜、生まれて初めて、中学生の娘から爪のマッサージとトリートメントをしてもらったのでした・・・。


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

睡眠時間の足りなかった翌朝は、鏡を見ながら「年とったよなあ~」 うぇ~っ!って感じになる。

しかしだいたい睡眠時間のたっぷりとれてる日なんてのが年に2,3回しかないわけだから、
ほとんど毎日、鏡を見て、うぇ~っ!となってるわけ。


顔のシワもそうだけど、老けたなあ・・・と感じる瞬間は、やたら歯が痛くなる時。

歯医者通いが最近増えてる。私のとっても尊敬してやまないサンカ先生はそんな私の守護神だ。

先生の「う~ん・・・難しいなあ・・・」とおっしゃる声が聞こえると、(やっぱ、もうダメだ・・・)と

一瞬思うけれど、すぐその後に、「何とかやってみよう・・・」という声が毎回続くので

「はひはほ~ごはいはふ」と言いながら、安堵する。

サンカ先生は毎日、人の口の中を覗いてばかりで終わる一生に、おそれを感じ、哲学を学び始めた

という方である。先生の医術はそのお人柄と哲学に裏打ちされているのだ。


しかし先生は白く細い神経質な、技工士って感じの指の持ち主ではなく、がっしりした男らしい

ラグビー選手のような指をお持ちなので、私の顔は見事に凄まじく歪んで、今、一体どこからどこまで歪んで

スゴイ顔になってるのか治療中はずっと自分の変顔を想像している。(もう少し口が大きけりゃねえ・・・

先生もアシスタントの方も笑いをこらえてるのかしら・・・家に戻られたあと思い出して、くっくっく・・・なんてね)

などと自虐的になる。


歯ブラシは4,5日しかもたないほど、親の敵のようにゴシゴシ磨いているというのに・・・

しかも甘いものもそれほど好きでなく、あんまり食べないのに・・・

やはりこれは老化と呼ぶべきなのか。


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

あめりか日記・・・No2

アメリカ、シカゴは次期大統領を生み出したとあって盛り上がっていた。

オバマの家を見に行こうとしたが警備がスゴクて近づけない。

仕方ないので、彼が勝利宣言したスタジアムで、一応「YES WE CAN」と叫んで写真に収めた。

オバマをしょっちゅう見ていたという人の証言  主婦のAさん

「ええ、彼を本屋でよく見かけたわ。かっこいいかって?もちろんよ!
とにかく背が高い!手がでっかい!足もでっかい!」


オバマとハーバードで話をしたという事務職のBさん

「そうなんだ、彼は「紛争解決」の授業をとりたかったんだけど、うっかりとり忘れてね。それで、事務室に飛び込んできてこう言うんだ。

”何とかならないだろうか、もうチャンスはないのかって。”

とても感じのいい青年だったから、思わずピンときてこう言ったんだよ。
”君は将来、大統領になれる器だ”
とね。彼が何て答えたかって?

”う~ん、そうだなあ・・・僕は政務次官ぐらいにはなれるかもしれないと思ってる。でも大統領は無理だよ” 

それからずっとバラク オバマという名前は僕の記憶から離れなかった」


蛇足ですが、私のコンサートもめちゃくちゃ盛り上がりました。

黒人、白人、アジア系、ヒスパニック系結婚してアメリカにわたり、50年ここに住んでらっしゃる日本人の方々。

皆様1曲毎にスタンディングオベーションで思いを表してくださった。
最後は皆様が涙で駆け寄ってくださりました。

次の日に「この感動をどう表していいかわからない。Hirokoに私の1番大切なものをあげたい」と、プレゼントをもって来て下さった方もいた。

とびっきり暖かくて、ストレートで力強く、優しく、人間的な聴衆に迎えられた最高のシカゴのステージだった。

「必ずまたここに戻ってきて!」皆様の声に送られて、シカゴをあとにした。


Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

あめりか日記・・・No1

私はジャンクフードが嫌いではない。

しかし、肥満と成人病が恐くて滅多に食べれない。

絶対に抗生物質は使っていません。遺伝子組み換え飼料も使っていません。

っていうチキンと無農薬大豆を使用した醤油を使って、私が作るから揚げより

ケンタッキーフライドチキンのほうが誰が何てったって美味しい。

コレステロールゼロの油を使って、私が作る水っぽいポテトより断然マックでしょ!

しかし、こども達の前ではそれをおくびにも出さない。
こどもの成人病だってある。肥満も恐い。

だから!アメリカ旅行楽しみにしてたんですよ!

「Hirokoさん、アメリカで絶対食べたいものある?」

ホストのサチコさんが親切に訊いてくださった。

「はい!本場のハンバーガーが食べたい!!!」

「へぇ~!変わってるわねえ~。あんな美味しくないもの」

「でも食べたいんです・・・」

「あっそう・・・? そうだ、この近くに美味しい和食のお店があるのよ!今度そこに行こう!」

サチコさんは私の言ったことを信じていなかった。

そして、驚くべきことに、サチコさんは毎食玄米を召し上がり、エバラ浅漬けの素で作った白菜のお漬物。
永谷園のすし太郎、ふじっこのお豆さん、ミネラル麦茶におまんじゅうに納豆に、油までコレステロールゼロと書かれた日本製だった。

トーストを頂いた時は、あまりに日本のと味が似ているので「アメリカのパンは日本のパンとそっくり!」

と言うと、「あっ、それ、日本のパンなのよ」・・・・・・・・・・・?

「サチコさ~ん、どうしてアメリカのパンを食べないんですか?パンは西洋のものなのに・・・」

「でも日本のパンの方がおいしくない?」

「マジすか?」 ・・・・・・・ここは日本だった。

(しかし、この究極の日本食のおかげで無事アメリカ公演終えられたんだと思う。さすがは日本食だ!)

ドライブした時に、たのんで連れて行ってもらった初アメリカのマック、おいしかった!

何でも、中国のマックはとてつもなく美味しいらしい。今度行ってみよう・・・(子ども達には内緒です)

Hiroko

ピアニスト水上裕子 エッセイ

介護日記・・・その1

母が亡くなったのが平成17年だから・・・・父の介護を引き継いでからもう3年以上になる。

母は自宅で看てたので、それはそれは壮絶な毎日だった。夜もおちおち寝れなくて、とうとう自分が先に逝ってしまった。

母と同じ苦労を味わわないと母に申し訳ないと、家での介護を試みたが

 「お父さん、ごめんなさい!これじゃ私が先に死んじゃうよ。
  私、今死ぬわけいかないから悪いけど病院入って」

と介護病棟に入ってもらった。

幸い、父は家と病院の区別がぼんやりとしかわからない。

なぁ~んだ、病院で看てんのね・・・・なんて言わないでね。毎日の病院通いだって本当に大変なんだから!

この間、娘に黙って彼女のイッチョウラの”セシルマクビー”を着て病院に行き、よそのおじいちゃん、おばあちゃんたちに愛想ふりまきながら父にご飯を食べさせてたら、(私に集中力が足りなかったせいか)父が食べるリズムを崩した。

あっ!ヤバイ・・・来るぞ!…・・・来るかも・・・・・・来たあぁぁぁ!!!

ハァックショ~ん!!!!!

しかも連続?回、あわててティッシュをつかみ父の口を押さえる。
口を押さえられた父の唾液、その他諸々は出口がないので鼻へと移動。

一瞬にして娘のセシルマクビー、いや私は頭から指の先まで父が、口と鼻からお戻しになった食べ物で彩られた。
もちろん、娘には内緒だ。

しかし、いつも汚いことばかりでもない。赤ちゃんが食べるように小さく食べ物をくだいて、またパンなどは手でちぎって父の口に入れてあげるとき、父のひげや口が私の手に触れる。
そんな時、命のいとおしさ、命のともし火の温かさを感じてうれしくて泣きたくなる。

お父さん、生きててくれてありがとうね。闘病生活だから世間でいう面白おかしい生活とはほど遠いけど、がんばって私たちを守ってくれてるんだよね。
そんな思いがこみ上げる。

娘が一緒に来てくれるときは3人で父の体をさすって、3人で父を抱きしめる。
病気でも貧乏でも私たち幸せだよね~!!!

Hiroko